【BLOG】必要とするもの

投稿日:2016.5.25

少し前に面白い話を伺いました。

それは「知的な人物かどうか」という判断の基準に関して というものです。

 

一般的に 私達は「頭が悪い」と言われることを極端に嫌います。

 

知性が人間そのものの優劣を決めるかどうかは私が判断するところではないですが、実際知的であることは現在の世の中においては有利であるし、組織は知的な人物を必要としています。

 

ですが、「どのような人物が知的なのか」ということについては多くの人々の判断が別れるところではないでしょうか。

 

世の中を見渡すと、あらゆる属性

例えば学歴、職業、資格、言動、経済的状況などが「知的であるかどうか」のものさしとして使われており、根拠があるものないもの含め、混沌としています。

 

ですが、私がこの先生からお聞きした話はそういった話とは少し異なっていました。

 

彼曰く「人間の属性と、知的であるかどうかの関係はよくわかりませんが、少なくとも私が判断をするときは、五つの態度を見ています」

 

エピソードを交え、様々な話をしていいただいたのですが、その5つをまとめると、次のようなものになりました。

 

知的な人は異なる意見を尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす

知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、それを隠し学ばない

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、役に立たない知識を蔑視する

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする

 

 

 

 

 

知的である、というのは頭脳が明晰であるかどうか、という話ではなく、自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、という話であり、大変な忍耐と冷静さを必要とするものなのだ、と思います。

 

担当:松元